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「被害者(の傾向)を理解する」という事は、
「被害者と同じ考え方をしている」と捉えられ
被害者は自分の考え方を理解した芸能人らに対し
「自分の考え方を理解出来たのは、
自分の考え方が正しいと思った芸能人らに“被害者の素質”があるからだ
被害者の事を理解した所で
“自分(被害者)と同じ考え方の元で行動している”と
言われても、自分は責任を負えない」と言うのである

しかし被害者自身は常に被害者女性に成りすましているので
「考え方」が「被害者本人のもの」なのか
「被害者女性の考え方」なのかは分からず

その「どちらか」を理解しているというのは
「理解している人達の考え方の傾向」が流出する事で
「被害者」と「被害者女性」どちらに傾いているかが分かるので
それによって被害者は「被害者」か「被害者女性」どちらかなのである

被害者は芸能人ら、
「自分が知っている重要な事を知る為に理解しようとしている人達」に
「自分を正しく理解させよう」という事ではなく
「被害者や被害者女性のような考え方をしている人は
被害者や被害者女性のようになり兼ねない
だから、自分は被害者や被害者女性として犯罪者を釣る(作る)、
理解させるように引き付ける、餌の役割をしている」のだという

それに対し芸能人らは
「被害者が被害者や被害者女性に成りすましていた結果
“今までの被害者と同じ考え方(傾向)”が伝わり
それを理解した人達が犯罪を犯した(釣れた)という話は聞かない
つまり、理解してそれを総て受け入れるとは限らない

理解したからこそ、その考え方を「間違い」だと判断、避ける可能性もある
だとしたらそうした考え方が広がる事はないし
被害者や被害者女性と同じ考え方の人もいない

寧ろ被害者自身がそうした考え方を受け入れているから
被害者や被害者女性と同じ考え方をして、
同じ行動が出来るのではないか

だからこそ、それを理解させるような記録を作成しているのでは」

被害者は
「被害者女性と、被害者女性を理解している自分(被害者)と
自分を理解する人達が同じように同じ事を“理解”していて
犯罪を犯すような事がないのにも関わらず
自分だけが“被害者女性”を受け入れ、
同じ行動をしているという考え方は、都合がいい
知りたい事を知る為に理解するふりをしているだけでズルい

だからこそ、間違った記録をわざと作成して
それを読者に判断させる考え方を理解させている(伝えている)

理解できないのは、
被害者や被害者女性の考え方を間違いだと気付かず、
受け入れてしまう可能性もあると捉えられても仕方ない」

しかし、この考え方にはデメリットがある
被害者本人がこうした考え方を問い詰められた際
「被害者女性のせいにしている」と思われかねない

また「わざと作成した間違った記録」と
「元々間違った考え方を広める」考え方に区別がない為
判断は読者に委ねられる、「信仰の自由」(宗教的)であるにも関わらず
「自分の思想への勧誘」という形になってしまうが
宗教の信者で宗教の考え方の元で
「こうした考え方(宗教)」から「助けを求める為の行動」であり
「理解した上で、理解した事を生かして記録に残し、人に伝える」ので
完全に宗教のせいになるのだという
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