忍者ブログ
[6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15]  [16
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

高校を退学したのは
入学して僅か2ヶ月後、
遠足と運動会が終わって直ぐあたり

大して苦労も勉強もせずお情けで入学した
下から数えた方が早いような学校だが
自宅から電車を乗り継ぎ、
更に徒歩で30分はかかる辺鄙な場所にある
その為遅刻せず登校するには1時間前には家を出なくてはならない

他が慣れて纏まってきたクラスの中で打解けずにいた為
浮いてしまったといった感じ、
そこにトドメを刺したのが
「レズみたい」
というクラスメートの一言だった

中学のクラスメートには
「イジメとかじゃなくて単純に勉強についていけなくなった」
(確かにそれもあるんだけど)
とか言い訳してある

退学を決めた日、もう二度と来なくていいように
ロッカーの中身から机の中、総て鞄に詰め込んで
まだ開門して間もない学校に忍び込んで
朝早く、登校する生徒に混じって来た道を逆走したっけ

その後学校から
「忘れ物を取りに来い、もう一度話し合おう」
と電話があったり
部活の先輩から連絡があったり
その度に絶対に出ないと決め込んだ

今から思えば耐えられる内容だったな、
もう少し学力的に頭が良ければ

俺は
「金が勿体無いし、学校なんかもう行かない、バイト(新聞配達)をして暮らす」
と言ったのだが
親が転校という形を取って何とか高校を卒業させようと
通信制の高校に通うように勧めたが
それも体育のスクーリングが嫌で結局半年ほどで辞めてしまった、
他人と校外授業を受けている自分が想像出来なかった

PR

よく眠れなかった

限られた時間や空間が自由なら
何をやってもいいという考え方には共感できない

限りがあるから大切に出来る、
有限であるから大切に出来る
無限であると価値がない
とは最近よく聞かれるが
だとしたら「神」という無限の象徴は結局雑に扱われているんだな
考え方として矛盾しているね

同じ物、若しくは同じ意味を持つものなら
何であっても同じというのは
まるでロボットみたいだ、
「伝統の味」が機械であるか手作業であるかみたいなような物で
結局開発者以外にオリジナリティはないという事になる

そこが人の都合のいいところで、
他が認めれば形や味が似ていれば同じになる
その認められる試験に合格する事が生きがいと呼ばれる

完全なるオリジナルと、
似せたけど上手くいかなかった例のオリジナル(パクリ)と
オリジナルと瓜二つのプロの世界

俺の人格や作品はどれに属すのか

勉強はさておき、
結果的に精神年齢が他より、教師よりも離れていたから
自分の考え方に自信があって
「見下す(馬鹿にする)」
事になったのかもしれない

個人での付き合いは深くて狭かった
だから片方が風邪で休むと2、3日は1人で適当に過ごす事が多かったが
そこまで気にはしなかった、
何故なら昔から独り遊びが得意で
自分の世界を持っていたから
のにも関わらず連絡帳及び親への報告は
「独りで寂しそうでした」
と、後から聞かされた(親から)

片親な事を理由に(恥をかくから)
「一人で遊びに行かないで」
とかよく言われてたが1人で出かけるのは日常茶飯事だった
特に小学校低学年の時は
一人で行っていいのは図書館のみと決められていたのに
そこらじゅうを独りで自転車や徒歩で駆け回っていた
それをよく「約束破りの嘘つき」と言われてたっけ

人間関係を少し気にするようになったのは
中学で初めてのクラス替えの時、
誰一人俺の事を「友達」の欄に書かなかった事
詳細は知らないがクラス替えが終わって
新しいクラスを見て何となく覚った

中学3年の時は卒業という一つの目標に向かって全員が空気を読んだ

退学してから毎年年賀状の枚数が減り
最後の4枚は自ら切った

というのも男女の交友関係を越える同性の友情を育んだ事がなかった故
こんなもの意味が無いと割り切ってしまったのと
パソコンの件で(病んでいたのが)原因といえばそうだ

それから4年ほどして結局小学校低学年レベルの俺に戻る
友達というものに重きを置かなくなった
自分の楽しみや世界観を重視し
社会である程度やり過ごせればそれでいい

今日はあまりいい日じゃなかった
ただ家の中で過ごしているだけでも
気分の違いで考える内容も違ってくる
将来の夢からいつの間にか仕事帰りの話にまで脹らんで鬱になった

夢らしい夢を考えたのは小学校4年辺り
何故か喫茶店を開く(マスターになる)のが夢だったが
ポケモンに出会って漫画家と(か)声優になるというのが平行して中学3年まで続いた
自分で描いた漫画がアニメ化されて
その声(できれば主人公)を自分で、というのがやりたかった

年齢が上がるにつれて絵よりも声に自信を持つようになって
中学2、3年の頃には
「絶対に声優になれる(なる)」
と信じて疑わなかった
その様子を
「どうしてそこまで自信持てるの?学校落ちたら元も子もないじゃん」
とか言われてたんだが
誰よりも才能があると思い込んでたから
例え高校に入れなくてもオーディションで何とかなると思った訳で

でも実際退学したら「退学した」という段階で諦めるような夢だった、
というのは結局
「好きな事を夢に向かって頑張っている自分」
が好きだっただけで
本格的に目指そうという気持ちはなかった
目指そうと思うと重くてどこか面倒になる

それは今現在にも通じる事で
絵や小説を描くのは
「自分の好きな事を思い切りやっていたい」
というただそれだけだという事に気付いた

自由に過ごす事の楽しさやありがたみは充分学べた
人がいてもいなくても保たれる心の自由がある
規模が小さいから他を知らないのかもしれないが
無理に自分より大きな世界に合わせる必要はない

だったら家買ってバイトして好きな事して過ごせばいいじゃん、
という所に辿り着いた

62b6f030.jpg







今年もいつの間にか親が買ってきていたポケモンのチョコレートを食べて終わる
そういえば去年まではこのチョコレート、1つ1つ個装されていたのに
今年はカードスナックと同じチョコレートで1つの袋にチョココーティングされたビスケットが入っていた

一昨年辺りはポケモンセンターのチョコ(ペンケースに鉛筆型のチョコ)
が地域のスーパーで限定発売されたのを食べたが
いつの間にか売られなくなったな、見に行かないからかもしれないけど

本当に好きで貰った事はないが
これでも学生時代は手作りのクッキーを貰った事がある、
バレンタインが近づいて
「作るの?だったらちょーだい」
程度に頼んだのもあって

中学3年~高校1年(退学後)に
「ついでに」貰ったといった感じだったが
今でも俺のステータスになってる、当時は結構嬉しかった
「ホワイトデー」にお返しのチョコを買ったのも初めてだった

小学校から誕生日とか気軽にプレゼントやメッセージを贈る習慣があったから
実際は俺が一方的に物をあげる方が多かったけど

P R