忍者ブログ
[5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

睡眠時間が多くなって時計を一周したら夜型になった
毎日同じような生活だから特にその日の事を書く事もないな
絵を描いたりブログを更新している以外の時間は大概リアルで過ごすかゲーム、
適当に検索したりそんな具合に4~6時間は潰れていく

何となく常に人ごみで一人でいるような感覚、
感覚だけは同じだろうに職もなく金を稼げる訳でもない
それでいて陽が出ている時は大概眠くなって、
起きると夜になってるから一日が物凄く短く感じられる
そう思うと本当に無駄な時間を過ごしてるな

高校を退学した後はよく見栄を張って気を使った
絶対に朝と昼は書き込みや更新をしないと決めてたけど
ネットはうろついてたから今から思えば足跡で分かったような事

バレたと思ったら言い訳をしたくなった
言い訳と思われるのは癪だから
結局俺自身がこういうブログを書いて
客観的な自分と比べる事になる

「言い訳をする事」こそが俺の総てだから
何処にいてもそれが伝わらなければ
本当の自分を受け入れている事にはならないという考え方はどうかと

同じように思う事が気に入らない
不完全な俺と同じ考え方の人間が複数いれば
それらの方が完全体であるから
より「マズい部分」が強調される

すると「不完全的な考え方」として避難され
それによってあらゆる物が傾く為
俺が普通の人と同じ考え方をする事が許されなくなる

自分の正当性を認めて貰う(普通の人と同じ考え方をする事を許される)為には
自分よりも劣っている人間を捕まえてそれに勝たなくてはならない

そんな風に見られているのかもしれないな

PR

最近漫画やアニメに触れていない
昔は意地でも欲しかったものが欲しくならない
俺がオタクだと自称できるのは中学の時

毎日学校から帰って来て
ポケ(旧赤緑と金銀クリスタル)の育成とポケスタから始まって
ポケの声優の出演しているラジオをチェックしながら
深夜眠くなるまでポケの漫画をノートに描く、ハガキを出す
お小遣いで買ったシール列伝とかカードダスはほぼコンプ
好きなポケはこれって決まってたし、
食玩やマックでハッピーセットを頼むのもためらわない
人気のあるポケはとりあえず端からキープ
持っているCDに入っている歌は
ほぼ全部丸暗記している程歌い尽くしたし
毎日ポケモンパンを食べてキャンペーンに応募、
ルビーをタダで手に入れる為に応募したハガキの枚数は100枚以上
1枚1枚に手描きでイラストやコメントを添える
コロコロコミックは高校1年まで買ってたかな

中でも俺が一番気に入っているのは
やっぱり非売品(ユーズドを除く)

ルビーは手に入らなかったが、
他の懸賞モノなら幾つもある
記念すべきポケ映画の第一作(ミュウツーの逆襲)は
ポケモンパンのキャンペーン第一回で当てたチケットだった

今も俺の部屋はその形態を崩さず
増え続けている

声優になりたい夢とポケヲタの自分がシンクロした時期はピークだった
キャラになりきり過ぎてイタい目をみた事がある
夜中に声真似し過ぎて「変な声出すな」と言われたり
どうしてもポケキャラのコスチュームを意識した洋服を選んでしまったり
学校のノートはほぼポケの落書きと小説や漫画で埋まってた
余りにも酷くてポケに悪印象を与えてしまいそうで言えないような内容もある

当時ビデオデッキが無かった(壊れてそのままだった)から
ポケアニメは総てカセットテープに音声だけ残してある
その為に音量22で30分無言、部屋を閉め切って録音

それが「自分でオリジナルの漫画を描こう」と思った頃から変わり始めた
ゲームやパンを食べる事、食玩集めなんかは相変わらずだったが
数が減ったというか偏らなくなった

その内俺の高校の件と祖父の件と重なってポケどころではなくなった
アニメもアドジェネ中~後編は殆ど見ていない状態が続き
ポケサイトを運営していながらポケ離れしかけていた

何か大きな転機が来ると
今まで思いもよらなかった所で自信をつけるようになる
それが俺の場合顔と外観だった

単純に子供の骨格に肉付きが良かったものが
中学卒業辺りから大人の骨格になり始め
肉がたるまなくなったというだけなのに
俺の顔が変わって見えていた頃
その変化に途端に気を良くした俺は
今までと友達の付き合いを変えようと
何となく今までとタイプの違う奴と付き合うようになって
今までの付き合いが煩わしくなった

煩わしいというより、今まで内面的に見下してきた、
「人とは違う」事に自信をつけていたものが
表に表れ始めたといった感じ

都合のいい時だけ連絡をとる
まぁメールを出すか出さないかなんて俺の勝手だから
俺がこうして事実を書かない限り別になんて事はないんだろうけど

完全に縁が切れなかったのは
内面的な事で見下せる相手として残しておきたかったのかもしれない

今から思うと外観と内面と使い分けて付き合っていたって事になるのか

そういえば俺が小さい頃母親が作った話に
2匹の同じ色のウサギの片方が一時的な変化で白ウサギになり、
白ウサギの仲間になって片方を見下すが
時期が来てまた元の色に戻ってしまい、
結局2匹の仲良しに戻るという内容があった

まさにそれを再現したような体験をするとは思いもよらなかった、
となると俺は結局「外観が元に戻る(小学~中学)」という結末になるのか?

少し前の記事に
男女の友情を越える同性の友情を築いた事がない、とか書いたが
それは俺と関わると必ずその場所に異性が入る為に
バランスが崩れてしまうのかもしれない

異性同士の関係は何処か友情を越えたような
親密な関係に見えてしまうのが本能か、
その場を立ち去らなければならない空気に追いやられてきた(自称)立場の俺は
いつも人間関係において二番目の存在だった
(つまり異性は必ず俺とは別の人間を選ぶ)

元々恋愛とは無縁の俺は興味すらない、
まぁ生っぽく言えば自身の快楽を得るためのネタが「恋愛」の限界

そんな俺がいる場所は
自分の居場所探しに躍起になる人間には
丁度いい手頃な場所(狙い目)といった所か
自分が入れば自然と出て行く、それを知っているみたいだ

バランスをとろうとしても
相手が「居場所探し」をしている事に直ぐに気付いてしまうのに
それでいて使いもしない場所に身を置くのは気がひける
結果、やっぱり何らかの理由をつけて出て行ってしまうクセがついた

それを「優しい」と表現されると無性に腹が立つのは
俺がその場に居難くなった為に離れただけの理由を
自身への優しさとして捉えられる
寧ろそれが自分の優しさだと、
良心の表れだと言われているような気がするから

殆どをパソコンとネットのみで引きこもって過ごしている内
自分の顔を認識出来なくなるような現象が起きる、
ゲームや漫画の顔=普通の顔になりつつある
漫画やゲームの顔と比較してしまう辺り重症かと

余計な箇所が省かれた漫画やゲームの顔と比べて
生身の顔の生身の部分(自身のコンプレックス部分)がある事に納得いかないが
客観的に見ると人の顔としては然程違和感はないのかもな

俺がTVを自ら見なくなったのは2年程前から
TVに映っている人間と目が合うようになったと感じ始めて
内容どころではなくなった、笑い声が聴こえてくると
自分の事を笑われているのだと思い込んだ

元々人の笑い声は好きじゃない
単純な行動で「仲間意識」を持たせるようなとても軽い印象で
協調性のない、というより常に「笑いあう仲間」と外れていた俺としては
「笑いあいながら目の端で俺の姿を確認する事で築き上げている友人関係」
のように捻くれて見えるから
目の端に俺がいなかったら笑いあうのは自己満足なのかなー、とか

そういうのが1対1になると途端に無口になって笑わなくなる
あくまでも笑いあう仲間の中で俺を追っているだけであり
個人では興味の対象にすらならないという事なんだろうな

それが嫌で結局TVとか交流からは距離を置くようになった

陰でいい噂をされる事を期待して傷付きたくないからね

P R