忍者ブログ
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

しかし最近被害者がグループ内で使用していた仮名が
芸能人の実況ログの中でフラグを立てられるようになり
それが教祖の息子として扱われていた為
「自分が知っている教祖の息子の実況ログ」の
裏口入学した生徒が自分の事を監視していて
自分(被害者)の事を、自分(裏口入学した生徒)の事として
芸能人の実況ログに流出していたせいで
恩師に教祖の息子と疑われ、監視されている裏口入学した生徒の部分に
自分しか知らない、グループ内の話や仮名が書き込まれている事が分かったのだという

だから、実況ログはグループ内の自分の友人が
「自分に実況ログの場所を教える為」に
自分の為にやっている事だと分かる

つまり
「被害者が知っている教祖の息子の実況ログ」に書き込まれた
「被害者」の事を裏口入学した生徒から助ける(分ける為に)
芸能人の友人らは実況ログに
「被害者の知っている教祖の息子の実況ログ」の部分を
「教祖の息子」として書き込んでいるのだという

そして芸能人の友人の実況ログの被害者の部分(監視されている部分)は
本物の芸能人が自分の事として、自分の事(被害者の事)を書いているように見えるので
「芸能人」として書き込まれていて、
「芸能人の友人の実況ログ」は自分の為に
自分の友人(芸能人の友人)が書き込んでいて
「“被害者は教祖の息子(裏口入学した生徒)に監視されている”という事を伝えて
自分の代わりに自分の助けを求めてくれているのが分かるが、
“教祖の息子”の部分に自分のグループ内での話や仮名が書き込まれたのが気に入らない

これは裏口入学した生徒が自分の事として自分(被害者)の事を
実況ログに流出していたから教祖の息子と間違われた
自分の事が気に入らないから、自分が宗教にいた時の記録とくっ付けて
自分の事を“教祖の息子”にしようとしているのだと思う

自分の事をそういう扱いをするのは、被害者女性しかいない
被害者女性が宗教を自分のせいにする為に
芸能人や芸能人の友人に嘘をついて自分に味方をする仲間のように振る舞い、
自分の事を信者(犯罪者)扱いして、自分だけ助かろうとしている

だから、自分に本当に味方をする気があるのなら
被害者女性を信じるのはやめて欲しい

被害者女性を信じていたり、味方をしている人は
被害者女性と同じ事を書いているので直ぐに分かる」のだというが

「芸能人の友人の実況ログは芸能人の友人が
被害者女性に成りすましているので
寧ろ被害者女性は被害者に味方している事になり、矛盾するのでは」

これに関して被害者は
「芸能人の友人が被害者女性に成りすましているのは気がつかなかった
名前は違っても、自分と付き合っていた時の(芸能人の)友人と性格やキャラが同じように見える

だから友人が被害者女性のように見えて、
寧ろ友人が被害者女性に成りすます事で
自分が“芸能人の友人(被害者女性)の実況ログ”に守って貰っているように見える」

つまり被害者が自分の記録の中で
「裏口入学した生徒」を「被害者女性」として扱っているのは
「裏口入学した生徒が被害者女性に成りすましている事実」を
「実況ログが証明している」からなのである

PR
結局は
「人より良いものを手に入れる事が人より強くなる事」、
というのは物、に限らず
物や他人が出来る事は手助けに過ぎないが
物集め(集める事、増やす事)に夢中になって
自分自身の成長が疎かになるのは本末転倒

「お金を払ったから、名前が書いてあるから自分のもの」ではない
人として成長するための小道具は平和(平等)の為に共有しなければならないのである
成長するのに有能な小道具はそれだけ沢山の人が使っているし、
沢山の人が使えば総て同じように見える、だから「全部使うから、全部駄目」
成長過程(我侭)と見せかけて独り占めしたくなるのだと
子供の考え方は先の事を考えず、“一先ず自分の所に置いておきたい”という事

結論を出すのは簡単である
人が「作られたもの」から工程(過程)を評価するようになったのは、
「“総て”を手に入れた」から、ただそのものを持っているだけではなくて
「“理解する事”で手に入れる、そのものよりも“製造過程”に価値がある」
と知っているから
つまり、手に入れたものを総て生かせるのが大人

製造者がいる限り、本当の理由、理解すべき部分(答え)は必ずあるが
要らないものを理解する必要はない

価値観が違うのではなく、製造過程中にミスがあった事を知ってしまったのだ
苦手なものを克服する為に苦手なものを理解するが
それを本当に苦手と言えるのかどうか
知らない、全く興味のないものを否定するだけであるから
本質的な部分を「理解する」事が出来るのだと
実際そうして理解をした上で苦手なものと
常に付き合っていかなければならない状況はない
(職場や学校など一時的な場所は除く)

逃げ腰には基本
「自分に近づいてこないのは自身(相手)が嫌われていると思い込んでいる」ので
「そんな事はない」との意思表示、それが釣りに見えていた訳で
つまり餌と魚の種類が合わないのに釣られたのである
魚的には
「自分が高級魚に見られる為には食いついた方が得をすると思うような餌」
であったのかもしれない

餌は逃げ腰用だった筈であるが
「逃げ腰を釣る為にはこの餌が良い」という話に騙されただけで
大量に釣れる「モドキ」の始末に困る羽目になった
モドキは新種であったが食えず、鑑賞にも向かず引き取り手が無い
出しては見たものの動物愛護団体から苦情が殺到

結局釣る側も釣られる側も意図しなかったという話
具体的に技術ってのは「有言実行」で、
「自分の影響を反映させる技術」である
過剰表現が嫌煙されるのは
有言実行が技術に影響が出るという理由
「反映しているように見せる」事で満足している内では
実際影響したものを嫌う傾向で、派閥があるんだろうな

「責任取れるのか」とピンポイントで影響させた奴が訴えられているように見えるがほぼ釣り
詳しくなければ釣られた事にはならないから、その為に深く知る必要はなかった
そこまで拘るのは「ピンポイント」に俺が影響されているからだそうだ

サイトや公開プロフィールは現実のパートナーという考え方(擬人化)や
削除する事を自分の一部に取り込む(消えたのは殺したり、食べたりしたせい)
こうした傾向を当たり前のように捉えているのだとか

それを鵜呑みにして影響される事を釣り、
結局「釣られているように見せる」事で満足している集団である
芸能人の友人らが人の目をごまかしつつ実況を続ける為に
勝手に俺のフラグを利用していたのが
「必ずしも設定と内容が同じとは限らない」と
被害者に読まれたのは痛かった
最終的には特徴が似ていれば何でもいいみたいな

実際被害者らはそういうやり方をしていたし、
逆にそれを知っていたから解析から足跡付回してストーカー
芸能人には俺に見えていたという事らしいが
寧ろそうしてまき沿い食って「被害者にさせられた」方が正しい

それを一部では「結婚した」
(意思をひとつに統合するという意味)
とか広められて誤解を招いた

感覚の違いと考えるのが妥当だろうが
それが「芸能人のやり方」だから流行になる、
責任が無さ過ぎて言い訳出来ない

「“芸能人”と表示されなければ何をしてもいい」
という感覚は
「金や名声と引き換えに自由を選ばなかった」事に反した上に
「自分らも人間の一人として自由にする事を世間が理解し受け入れてくれるだろう」
という態度はどうかと
P R