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廻が繰り返されぬよう補い、
還すのが仕事である

外観として結果が統一されるが
過程が粗悪である為に省かれ
循環を経て還されるのだ

元より「人の創造」であった輪が形に残るのは
それにより肯定されるからである

架せられた罪は同一視による重複、
絶たねば意味を成さなくなるか
絶てば世に献身的であるように
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結論としてそれが結果に出来ず形として得られない
内容が理解されず、またはそれ程の同意を認められず

不可抗力にある過信を指摘されるのなら
万人に理解を求める意思のない結果は意味を持たず

解されるのは欲と意思であり
それらは総て還元を求められるのである

無力である理由に輪を廻らせるように
母体、分心と代身を起てたのだ

いずれ形となり元に還る

それを公表、提示する理由として
罪でなくてはならず
そうする内に外観が汚れてゆく故に護るようになった

自身が母体とされるのを避ける為
母体と同じ要素に護るようになった

同じ要素とは無知、もしくは無垢に加え
それらが他の不幸に鈍感であると、
その用途以外を持ち合わせないとの判断である

心ある判断とし
それらの積み重ねは無駄にはせず
自身と同じ要素を与える事により
更正の機会を設けるのであった

空間に置かれた分心による空間での争いは
それらによる不可抗力と見られ、
結果的に力の過信、自身の恥であった

例えば証拠の提示を求められた時
既に廻が始まっていなければ
自身がその輪の中に組み込まれ
怯えていた理由にならない

そうして再び描く事を決めたのである
その権利こそ還元の力であり、
神より還元の力を与えられるまでに成した自身に惚れ
自身の分心を組み込み、現世の姿とする

代役としたのは自身の弱さであった
故に弱さを託したのである

分心は主を疑わない限り
与えられた業をこなし

いずれか成した時
己の罪を宿す母体となるのだ
繰り返し生まれたものに
個人による所有権が発生するのかといわれれば
所有権(管理権)と引き換えに
再び輪廻し外観として総ての物に還元されるというのが見方である

廻り還元される事のない所有権は存在せず
無価値と同等の扱いであるのにも関わらず
還元させる為に価値と所有権のみを求める

個人として高い故にそうした傾向にあるという一般論だが
無価値であるものの価値を見出すのがそれであり
よって創造者と所有者は全くの別物である

創造とはあくまでも他より与えられた外観から生み出すものであり
それを所有するにはそれなりの位が必要であるのだ

つまり「還元する力」がそれである
P R