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一つの提案から代役を引き受ける
それがいつの間に繰り返され輪廻している内に
自身の環境が整っていく

資源が減り、幅が広がり
後に輪は意味を成さなくなる

回避する為に輪を切り離し
再び廻り合わせる

それが命と隣り合わせであれば重要な拠点となるだろうね(・∀・)
拠点はこれについて無知である事が条件

更にその拠点から反輪を描き重ね合わせ元に戻す

盲点は輪の中にも空間があるという事である
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汚れたものが自身の中で転生を繰り返し
世で受け入れられ、認められる
それを浄化とするなら

綺麗とされたものの前世は汚れであり
また、汚れをどうして転生させるかという所で
人の腹の内が読める

悪い物を利用して悪い物に転生させれば
受け入れられず浄化は成り立たない
悪い物を利用して良い物に転生させる時、
自身と重ならないように(自身の身を化さないように)
意識する事が人の悩みである

それを越してする事を偽善と罵られる、
俺もどちらかというとそう思う

曖昧であるというのは
「どちらつかずではっきりしないように“見せる”事」かな
はっきりしているとそれが個性になるからね

はっきりさせる方が簡単なのに
あえて曖昧なのは意図的
単純に
「複雑な方が頭が良さそうに見える」
というメリットはあるだろうしね
(その考え方こそが「単純」という見方もあるが)

こうした考え方が流通しているのはネット空間のみで
仮の名前(HN)と自分自身がどれだけ共有しているかで
「架空の自分の裏側に本体が存在するか」
という事が決まるのだと

ネットで使用されるHNがそのどちらつかずの存在というのが一般的なら
名前(本名)が個性で「HN」そのものが曖昧であるというのが普通になる

つまり、HN(仮の自分)というのは常に予告無く変更されたり、
複数存在するというのが当たり前であるという定義

でも自分の頭と契約したパソコンの回線が著作権を握っているから
結局その複数や変更過程もそれぞれに振り分けられる
P R